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ペーパーカップで紙飛行機は作れるか

 五月の連休のある夜、僕はなぜだか空港にいた。無意識に行動してしまったとか、そういうわけではないのだけれど、例えば君に「どうして空港にいったの?」と聞かれたところで、説明しようと試みて足りるような理由は特になかった。あるいは「苦しいからさ」とでも答えておきたいところだけど、それはなんだかあまりにもキザであるし、現実的に役に立つ回答ではないような気がする。それに、苦しかったら津軽にでも行けばよいのだ(※)。空港へ来る必要はない。ふと思い立って、それはつまりふらっと空港へ来ることは僕の日常的な習慣であるはずもないのだから、いつもと少し違ったことをしてみたくて、そういうことになったのかもしれない。  その日の夜、僕は車を借りて空港へ行ってみることにした。君はもう理解しているかもしれないけど、これから台湾へ行こうとか、ロンドンへ行こうとか、けったいなトランジットを経てキューバに行ってみようとか、そういうことではなかった。最近聴き始めたいくつかのアジアのインストゥルメンタルバンドの曲を流しながら、僕は街道に沿って車を一時間ほど走らせた。  深夜の国際線ターミナルに着いた僕は、このような深夜でも飛行機が発着していることに驚いた。いや、「発着していた」は嘘かもしれない。もしかしたら飛んでいたのは出発の便だけだったかもしれない。こんな時間に飛行機に乗って空港にたどり着いたって、電車なんか動いているわけないんだし、航空会社だってきっとそのくらいのことは考えているはずだ。もっと言えば出発の便でさえ僕の見間違いで、深夜と早朝の便があっただけで、夜間ひっきりなしに飛んでいるというようではなかったような気もする。とはいえ、そんな取るに足らない些細なことは、そのときの僕にとってはどうでもよいことだった。  なぜなら、さっきも言った通り、僕はこれからどこか知らない国へ行こうとしているわけではないのだし、もっと言えば、いつか計画している旅行のための下見をしに来たわけでもないのだ。どんな便がどんな時間に飛んでいようが、僕にとってはどうでもよい、関係のないことだった。  ともあれ、僕がただ過小評価していただけかもしれないけど、深夜の国際線ターミナルには想像していたのよりもずっと多くの人がいた。たぶん連休中だったこともあるのだろう。きっとみんなこれから海を超えて、待ち望んだ何かとか、たった一度だけでも見てみたかった何かとか、あるいはそんな期待も虚しく、思わず気が滅入ってしまうような何かとか、そういうものを沢山目にしてくるのだろう、と思った。出発ロビーにはインフォメーションセンターがあって、三人くらいの係の女性がまばらに訪ねてくる人の手助けをしていた。僕はそのうちの一人に訪ねた。 「なにか少しだけ、軽く食べられて、コーヒーを飲めるお店はありますか?」 「軽食でしたら、こちらのお店が営業しております。」 彼女は空港案内のパンフレットを取り出して、それらの情報を親切に教えてくれた。  僕は案内にしたがって、二十四時間営業をしているカフェで、サンドウィッチとコーヒーを注文した。カウンターでサンドイッチとペーパーカップに入ったラージサイズのコーヒーを受け取り、コーヒーにはスティックの砂糖を一つ入れた。やりかけていた仕事を進めようと、トートバッグからラップトップパソコンを取り出して、いくらかの時間を費やした。コーヒーは冷まして飲むものだ。焦る必要はない。

 飛行機に乗るというのは、それはつまり少なからず遠くのどこかへ行くことを意味するのだから、それなりに楽しいことだろうし、僕だって今、例えばこのままどこかの国へ向かう航空券を手渡され、一言「好きなように行って来い」と言われれば、断る余地もない。  しかしながら、飛行機に乗ってどこかへ行くというのは同時に、なんとも言えないやるせなさがあるような気がするのだ。それはあまりにも遠く、果てしない。飛行機に乗らなくたって、陸路と海路を駆使すれば、あくまで技術的にはという意味でだけど、僕らは大抵の場所へ行けるわけだし、だからそういう果てしなさみたいなものは飛行機に限った話ではないはずなのだけれど、それがどうも飛行機となると、それは文字通り、地に足がついていない感じがして、不安になってくるのである。  例えば君が大陸のどこか、ある国の上、高度約一万メートルを――しかも巡航速度マッハ〇.八で――飛んでいる間に、「さて、自分は今どこにいるのだろうか?」なんて、勿論それはメタフォリカルな意味を含めてだけど、そんなことに考えを巡らすのはもしかしたらとても危険なことだし、あるいは辟易としてしまうようなことであるのだ。

 コーヒーを飲み終えた僕は、長い椅子に寝転ぶ女の子たちとか、ストロングゼロの缶を倒してしまって頼りなく拭いている男の子たちとか、そういうのを横目にしながら、駐車場へ戻った。  僕は再び車を走らせた。借り物の車は返さなくてはならない。残念ながら。彼らが(あくまでおそらくそのうちの多くが、ということだけど)またここへ帰って来なければならないように。

※太宰治さんの「津軽」という話の冒頭に、似たようなやり取りがあります。

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