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暑中見舞い申し上げます

nonlineargirl

 国道246号は良い。外苑前を降りて地上へあがると、ぼちぼち日も陰ろうというのに相変わらず暑かった。そのままくるりと向きを変えて、地下鉄のホームへ戻ってしまいたくなった。予定の時間にはまだ少しあったし、飲み物を買うがてらコンビニで涼もうという考えに至った。

 青山通りにはあまりにも多くの歩道橋がある。たぶん100コくらいあるんじゃないだろうか。勿論そんなにあるわけないんだけど、じゃあ本当のところ幾つの歩道橋がかかっているのか、もし知りたいなら是非調べてみてほしい。案外少ないかもしれないけど、そういう定量的な議論には今のところ興味がないんだ、僕にはね。  歩道橋を渡る僕は、なんだか無防備であるように思えた。ニーヨンロクは結構幅のある幹線道路だから、歩道橋を渡りきるのだって一苦労なんだ。歩道橋には僕以外の誰もいなかった。日が照りつけている。日焼け止めを塗っていない僕の肌がじりじりと焼ける。この歩道橋を無事に渡り切ることができるかどうか、僕には分からなかった。大げさな話だと思うかい?そんなことはないよ。八月のある日、歩道橋の真ん中で、突如、予想だにしないような、致命的な"何か"が起こることだってあるかもしれないんだから。予想外の出来事というものを予想するのはとても難しいんだ。これはあくまで僕の経験則だけどね。

 例えば僕はその歩道橋の真ん中で、身動きが取れなくなってしまう。右足を前へ踏み出そうとしても、動かないのだ。左足も、なんだか思うように動かない。歩道橋の下を通過するおびただしい数の人々は、僕の存在に気が付かない。だってみんな、車に乗っているから。運転手なら前方に集中するべきだし、助手席で物憂げな顔をして窓に片肘をつくとしても、青山通りには気取ったオーダーメイドスーツのお店とか、ハイカラなカフェの大きな看板とか、アメリカントラッドの有名なブティックが魅せるショーウィンドウとか、そういった、見るべき景色が沢山あるんだ。そんなときに歩道橋を見ている余裕なんてないよ。ここにはたぶん全てがあるし、何もない。  僕のことを見ているのは、君だけだった。僕が立ち往生している歩道橋の、隣の……、赤坂方面だろうか、隣の歩道橋からこちらをみていた。赤いワンピースを涼しげに揺らめかせている君は、身体よりもずっと大きいギターを抱えていた。ほら、ちょうど"ハチミツ"みたいに。  君がどんな顔をしているのか、僕にはわからない。表情を読み取るにはいささか遠いのだ。あざ笑っているのかもしれない。あるいは無邪気に喜んでいるのかもしれない。正直なところ、それが君だったのかどうかだって、僕には知る由もない。赤い影が遠くの歩道橋の上で飛び跳ねているのを、ただ眺めているしかなかった。

 コンビニで水を買い、僕はその半分くらいを一気に自分の胃に流し込んだ。とろけそうなほど柔らかいペットボトルを、頼りないままカバンにしまった。コンビニで水を買うのに大して時間なんてかからないけれど、束の間の涼しさに僕はいくらかほっとした。コンビニの外は相変わらず暑かったけど、いくらかましであるように思えた。

 暑いからね、みんなよく水を飲んだらいいと思う。ただの水よりも塩分を含んでる方がいいとか、あるいは飲み過ぎは良くないので飲むにしても何mlくらいがいいとか、そういった細々したことは僕には分からないから、気になるんなら調べてみてほしい。  そう、なにせ僕は今、そういった定量的な議論をする気にはなれないんだ。

 
 
 

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